フリスビー

  • 鎌倉ピクニック 

十人ぐらいで七里ケ浜に集まり、ともにフリスビーをしたり、お酒を飲んだりして遊んだ。 レジャーシートを広げて、食べ物を並べてねっ転がりながら友達と話したり、たまにフリスビーをしたりそういうことがいちいち楽しかった。 あと、トランクスいっちょの友達と、服着たままの友達が海に入っていって、シンクロナイルドスイミングをしてくれた。 ダイナミックなウォターボーイズぶりに、私は涙ちょちょ切れ。 良いもの見せてもらった。 どんよりと曇った空と海の曖昧な境界線上に浮かぶ友人の臑に永遠を見た。 その後、大仏を見に行って、そこで一時間ぐらいチルアウトする。 どうでも良いことをしゃべって、ただへらへら笑うのは実はすばらしいことだ。 

今日感動したことは、海辺でするフリスビーの美しさだ。 友人の動きも、風とフリスビーの関係も、「だって、フリスビーってなんだか80’sじゃん」ってのをこえて素晴らしかったんです。 その美しさに、私はフリスビーと永遠に関係し続けようと決心した。

  • フレンチの夜

三日前に大阪にいる幼なじみが「明日東京に着くよ」と言ってきた。 喜び勇んで朝の六時半に新宿まで迎えにいく。 そしてデートデートデート。 フランス料理を食べる夜に誘われていたので、その子も一緒に行く。 おいしかった。 一緒に行ったshioneのブログにもそのことが書いてある。
http://blog.livedoor.jp/shionenone/archives/26975122.html
shioneも楽しんでくれたみたいで実に良かった。 良い夜だった。

  • イタリアンの夜

昨日は幼なじみ集会を行い、お互いの愛情を示し合う。 イタリアンを分け合って、おしゃべりをしながら夜を過ごすのって良い。 幼なじみの会にはぴったりだった。 そして慌ただしく私の幼なじみは大阪に帰っていった。 こうやってひょこっと遊んできてくれる友達がいてくれて本当に良かった。 大阪に友達が帰った後に残された幼なじみたちと一緒に怪しげなカフェに入る。 非常に趣味の悪い、ついでに味も悪い愉快なカフェで、なんだか不思議と楽しかった。

  • メモ

眠っていた神経を揺り起こしていくような日々だ。 「記憶」を大切とする時間が私にとってのプライベートだ。 記録より記憶を大切にしようとプライベートでは思う。 大学にいると、どうしても頭の中は課題でいっぱいで、日々様々なことを「記録」することを意識しながら、骨格標本の模型をごしょごしょと作ったり、シャンデリアの配線にイライラしたり、ポスターに指紋がつかないように、神経をどっちかと言うとすり減らしている。 「記録」の方法にたいして神経を集中させている。 休みの間は浜辺でフリスビーをしながら、頭のどこかで接着剤とかトレーシングペーパーをぶよぶよさせない方法とかを考えないでいいってそれだけで結構うれしい。 それでもその「記録」し続ける経験から前の自分とは違う視点を持つようにはなっていて、大学に行く前と同じようには物を見ない。 私は自分の前と変化した視点を好きかどうか考えた。 その変化をうれしくは思っているけれども、それが良いことなのか、それに自分が好きかもまだわからない。 新しい粘度をろくろの上にのせたような気分だ。 まだ形はできていないし、その土の柔らかさとろくろのスピードに、ぞくっとしている。 濡れた手で粘度を触り形を作っていく時独特の緊張感と深い平常心を求める姿勢と今の自分自身はとても似ていて、なんとも心が「きゅー」っとしますね。 休みの日はそれまでの働いていた自分を自分自身の為にオーガナイズし直すためにとても大切だ。 頭を空っぽにしてフリスビーをしたり、友達と浜辺にねっころがったり、長い長い散歩をしたり、幼なじみに心臓にキスをしてもらったり、うきうきするメンバーで長いコース料理を食べたりすることで、その後にふといろいろ意外なほどいろいろなことを糸で絡ませながら関係づけたり整理できていることがわかったりするのねと発見した。 なんかそんな感じ。

  • LIVE8

そういえば、日本でもLive8が行われていたことを私は知らなかった。 友人たちとこれは多くの人が知ることに意味があるからやる行為なのに、どうしてこんなに知らないんだろうと首をかしげ合ってしまった。 アメリカ人の子もイギリス人の子も彼らの国にいる友人や家族に今日、ライブ8が日本でもあるって聞いたんだそうだ。 Live8関係の話はしょっちゅう聞くし、誰がイギリスでパフォーマンスをするかとか、イギリスではチケットをどうやって手に入れるのかとか、知っているのに自分の国でやるのを知らなかったって、私自身も恥ずかしいけど、でもなんか私だけのせいじゃないとも思う。 なんでこんなにマイナーなんだ? 私の友達がたまたま全員知らなかっただけで、日本でもあるってのは日本社会の中で有名な話になっていたのか? 今更だけど、公式サイトを見つけた→http://www.live8.jp/ 


追記

  • 鎌倉ピクニック

ピクニックの日にどれくらいどうでも良いことをしゃべっていたのか例を出そうと思って考えているんだけど、あまり思い出せない。 一日一緒にいた人との話の内容が思い出せないってどうにかしているわよね。 うっすらと覚えているのは日本人がどれくらいサディスティックな上にマゾヒスティックかをポルノ映画の配給兼ライターをしているアメリカ人の友達が私に彼の胸をもませながら熱烈に語っていたこととか、どの単語は寺に使えて、教会には使えないとか考えて遊んだことぐらいか。 単語に関しては例に出した単語は見事に全部覚えていない。 ただ、ひたすらどうしようもない冗談を言い合って笑いまくった一日だった。 

  • フレンチの夜

帰りに電車の中で眠っている幼なじみのまつげを切符でぐいっと持ち上げたら、その子のまぶたが「ぶりぶりぶりぶり〜」っと痙攣して、驚いた。 

  • LIVE8

MTV JAPANのサイトのLIVE8のハイライトレポート 
http://www.mtvjapan.com/music/music_news_detail.html/data_id=604
LIVE 8とともに行われているキャンペーン"Make Poverty History"(貧困を歴史にする)のサイト
http://www.makepovertyhistory.org/video/
日本でのキャンペーンサイト
http://www.hottokenai.jp/home.html

自分と関係ないことは想像するきっかけもないぐらいに知らない。 例えば、貧困がどれだけ深刻な問題なのか私はすごく恥ずかしいことだけど、LIVE 8の前かで知らなかった。 いや、貧困について知ってはいたんだけど、特に考えなかった。 それに「ミレミアム宣言」なんて聞いたこともなかった。 LIVE 8にしろ、Make Poverty Historyにしろ、人の関心をひくのがうまいし、問題の提示の仕方も優れていると思う。 できるだけ学生運動チックなことは極力さけていたい。 最近、政治関係の問題に政治家以外が関わること学生運動テイストになってしまうってこと事体が妙だと思い始めてきた。 このキャンペーンのことを考えても少し微妙な気持ちになる。 でも、微妙な気持ちになって何もしないとか、知らないままでいるってのはもっと微妙だよな。