セミスター2

セミスター2と書くとなんとなく語感がクレマスター2と似ていて、うきうきしますね。
さて、今週から下半期の学期が始まった。 前学期はみんなふにゃふにゃの新入生であったから最初の一週間はほとんどオリエンテーションののりで、たいした課題もなく楽しくすぎていったけれども、今学期は結構がっしりと課題が出た。 既に結構な量でやんす。 提出日は明日。 さて、どうなる。 前の学期のオリエンテーションの期間に行った課題は、今学期は初日に四時間でやらさせられた。 こうやってスピードアップしていくのですね。 しかも、前はみんな一週間もかけてやったのに、しょぼしょぼなものしか提出されなかったのに、今回はかなりまともなのが出来上がっていた。 なんてこった! みんな冬休みに何があった? 私は高校生のときに感じた、休みの期間中に異常に成長するこの国の若者の性質をまたまざまざと見せつけられてしまった。 奴らは寝ている間に成長する。 なぜ? 違う生物をみているような気分になります。
調べもの系の課題が出たとたんに壊れる私のマックの電源コード。 電気が供給されないと、コンピューターは動かないんだなという根源的であるが故に忘れがちな事実に直面した。 悲しいなぁ。 ほんとうに悲しいよ。 電気といえば、ウエリントンについた日にフラットが停電していた。 こいつらは休みの間ずっと暗闇で生活していたのか? 日本人の私ぐらいなのか、電気がないと落ち着かないのは?と驚きつつおくに進むと、同居人の妹と姉が殴り合いのけんかをしていた。 びっくりした。 車が通るたびに部屋の中がうっすらと明かりに照らされ、映し出されるぼっこぼこのけんか。 結構びっくりして何もできずに呆然と立ち尽くしていると、同居人の彼氏がすっとんできて、一人(あとで確かめたら姉の方だった。 暗くてその時点ではよくわからなかった)を担いでどっかに消えていった。 そして後ろから火のついたろうそくを握りしめて「私の家でけんかはよしてちょうだい!」と私の同居人が彼女の姉妹に叫んだ。 私は、ガソリンスタンドに行って今回電気代を払う当番の人の代わりに電気代を払い、とんでもないところに帰ってきてしまったと、ウエリントンに帰ろうと決めた自分の判断が的確でなかったことに自己嫌悪になった。(でも気分屋だからその直後に読んだ本がすばらしくて人生がバラ色になった。)
その電気代を払うはずだったのに、家にいなかった同居人はその時、課題の一部である卵の鉛筆デッサンに苦戦し泣いていたそうだ。 はっはっは。 新学期始まって二日目にすでに課題に行き詰まって泣くってどーよ。 私は一ヶ月は泣かないね。
はあ、なんか変な感じ。 あの、すべてに細かく枠組みが決まっていて、大抵の人がある程度コンパクトにセンスよく時間を過ごせる(ステレオタイプ自体がものすごく細かく細分化されているとでもいうのか)日本から、この芋畑国に来て、なんだかなんなんだぁぁ…。
留学って自分の元々いた場所より優れているところに行って学ぶってのが基本的な動機ですよね。 私はなんで田舎へ田舎へと下っていっているのだろうか。 何がしたいんだ、私は? 六本木とかにいる適当な外人(職業英会話教師)みたいな人達と私は一緒なのだろうか。 

気分屋って単語を知ってはいたけど、深く気にしたことがなかった。 でも気にしてみたら自分がすごく気分屋なんだってことがわかった。 なんてこった! 私はとても気分屋なんだ。 もう、アイデンティティークライシスにはならない。 「私は気分屋である」っての以上の私の定義はないわ。 まさにアラブの格言「俺の話を聞け、だが信じるな」。 私だけは私の話を信じてあげようと、いちいち自分の気分に振り回されていたが、もう自分で自分の気分を信じるのをやめるよ。 疲れるし、大抵ただの気分さ。 ただの思いさ。 なのにフィッシュマンズほど美しくないし。(気分屋の私は今ここで書いていることから急激に思っていることがかわってきて、「フィッシュマンズすごいよなー」だけが脳の中を占め始めている。 今私はフィッシュマンズについて感動している。 もはや気分屋ですらなくて、ただのランダム?)