ギャングスター

知人のアトリエで待ち合わせして、ちょっと最近の制作の話を聞き、その後に車で冒険に出かけた。 Island bayっていうその名の通りにとても海海している地域に行って、絶景のカフェでお茶を飲んだり、気さくなサンドイッチを食べたり(世の中には気難しいサンドイッチってのが存在する)、骨董屋を回ったり、本屋でGabriel Garcia Marquezガルシア・マルケス)の本を買ったり、「ああ、日本にいた時と同じのりだぁ」としみじみした。 Island bayが江の電沿線に変えても何も違和感ない全く同じ生活で、なんかちっぽけな気持ちになった。 



私の楽しみ方後退度は日に日に高くなる。 バトル・ロワイアルと、マダガスカル二本立て鑑賞会と同時並行でギャングスターな踊り方の研究会を行っている時点で相当に低い。 住民総動員(そういえば、ニモの中国語のタイトルは海底総動員)で膝をかくかくさせて足の甲の向きに気を配りながら縦横無尽に進もうとしてお互いに激しくぶつかり合う。 一番やる気だった(靴まで履き替えたのですよ)私が一番下手で、一番やる気がなかった子が、パスダダッチまで交えて踊り狂って、しかもなんだかインディアンなテイストまで入って凄かったのが悔しかった。

私は高校卒業後の日本での生活で味わえなかった子供っぽい体力を使う遊び方を今やり直しているのかもしれないと自分で自分を疑ってしまう。 だったらどうしよう。 人ごととしてそういう話を聞くと、とっても哀しくなるのよね。 

ほら、アメリカでお母さんが、若い頃に得れなかった楽しみ方をしてみたくて、子供の友達とラリって逮捕とかあるじゃん、そういうのとか凄く哀しくなるんだ。 それをふと同居人に言ったら、お前まだ21だろと言われた。 兄さん、21って日本だったら結構に成熟が求められる年齢なのよ、バトル・ロワイアルの格闘シーンで爆笑して、人情シーンでもっと爆笑するなんてやっちゃいけなくて、しんみりと「この国はどうなってしまうのだろう。 子供が殺し合うなんて。 ましてやまねする人がでたらどうするのよ。」と見当違いな心配をして、なおかつその心配が本物になりワイドショー的に理解しやすいようにするために、小学生とか弱者に「同級生殺すなー(同級生殺せー)」ってオーラをぷんぷんさせ共同体に貢献しなきゃいけないのよと、あたあたする。 (私の21歳像は間違えていると、そのときにうっすらと感じた。) 「そんな、逆に悪い事になってるじゃん。 大人が子供に殺し合いをさせるなんてまさにこの映画じゃん。 せめて変な法律が通らないようにしようとか考えれば」と笑われて、たしかにと思った。 ギャングスターみたいに踊りながら。 「ギャングスターって言えば、ジョルノだよね。 私ジョルノ、あんたナランチャ」と一人で喜んでもだれも分かってくれなかった。 寂しい。

バトル・ロワイアルは「もう死ぬだろ、普通」って所で人々が死なず、ラバーズ(だっけか?)の最後に感じた、あのどうしようもなく笑える感じと同じで面白かった。 ゴーゴー夕張で不動の地位を得た栗山千明が出るたびにみんなで喜ぶ。 途中から人情パートがめんどくさくなって、もめ事がおこるまでギャングスターの練習に励む。 で、誰からが「始まった!」って叫ぶとソファーに戻る。 そんな鑑賞の仕方に私の倫理が悲鳴を上げる(嘘)

マダガスカルは友達がダウンロードした画質の荒いのを見た。 その画質の荒さの所為でCGっていうよりクレイメーションみたいに見えて面白かった。 ライオンの名前がアレックスで、我が家のアレックスが異常に喜ぶ。 そしてもう一人の男の子に「前はシマウマだ!」と言い、私はやばいこのままだとカバにされるとびびり、「絶対私はペンギン」と主張してペンギン権を手に入れた。 最近ペンギンと縁が深い。 今私のワークブックの中もペンギンばかりだし、Penguin出版のPocket Penguin50は安いのでポケットの中にも入っている。 あの、モノクロのペンギンたちがわさわさいるイメージが実際に今身の上におこっている感じがなんだか怖いわ。

その後に山本耀司のインタビューを見て、「この人は凄いコミュニケーターだ」とみんなでびびる。 英語で話しているからつたない感じなんだけど、話し方、顔や手の動かし方、言葉の選び方がうまいし、なおかつかっこいい。 そして、私が上の歯を見せない事を疑問に思っている同居人が「ああ、彼も下の歯しか見せていない!」と発見した。 なんなんだろう。 同じアジア人でもペヨンジュンは上の歯見せまくりだしな。 でも日本の友達の上の歯を思い出そうとしても、あんまり記憶にない。 これから日本人に会う度に上の歯を見せるか(上唇を動かすか?)を見てみようと思う。 


バトル・ロワイアル 特別篇 [DVD]

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