拍手

 Talk to herと父、帰るを見た。
 
 私は拍手をある程度年を取るまで感情表現として使った事がなかった。 心を切り替えるためにする拍手を一体いつから私はしはじめたんだろう。 劇場で観劇した時は自然と拍手をするし、それが自分にどんな影響を与えているのかを考えない。 演じた人や、そこで働いた人達への感謝と祝福の意味を込めて拍手をしている面もあるから、受け取り側から送り手側へのコミュニケーションの手段として拍手をしている。 だから一種の義理であると思っている時がある。 でも制作者が一人も来ていない映画祭での上映や、普通の映画館で普通に上映された映画を見終わった後にもどうしようもなく拍手がしたくなる時があって、そうするともしかしたらこれは送り手側に伝えたいから拍手をするって言うのとはまた違う動機が拍手に含まれているのかもしれないと思えてくる。 多分私の場合は拍手をする事で、自分を現実世界に連れ戻す事、自分にこれはお芝居だったんだと強く思わせているんだと思う。 大抵、私は何かを見た後に「これはパフォーマンスなんだ」と強く自分に訴えかけないと、私はすぐに現実と作品の境界線をなくし、何時間も、下手をすると何年間も亡霊のように心の一部をその作品を見ていた時の心理状況に取り付かれる。 拍手をする事で、身体表現で表す事でかろうじて、作品を「物」として客観的に見る事ができるようになる。  体と体がぶつかりあう、えらく具体的な音を聞く事でどっか頭が肉体やら物体やらを意識するんだろう。 拍手をしている間に私は焦りながら動いてしまった心をできるだけ元の位置に戻そうとしている。 

 Talk to herと父、帰るは奇妙な映画たちだった。 多分、これは「ハリウッド映画と違うから奇妙に感じる」とか、そういう次元じゃなくて、本当に奇妙なんだろう。 何と、どれと比べても今までにない奇妙さ、切り口なんじゃないかと思う。 特に、Talk to herはそうだと思う。 父、帰るでの価値観は自分の価値観との共通点を探す方が難しい、鎖国していた国から流出してきた物を見た時のような奇妙さであり、奇妙なのも一種納得がいくんだけど(奇妙さの中には「何を今更?!」って意味も含まれる)、Talk to herは理解できる面が多すぎるのに物事の並べ方の新しさ故に、とにかく深く奇妙だった。 

 見終わった後に奇妙な感情に駆り立てられて、朝まで寝れないっていう内気な現象がおこった。 そして公式サイトに「15分間のスタンディングオベーション」と書いてあるのを見て、「ああ、そうだ、拍手をしなかったからこうも寝れないんだ」と気がついた。 両方とも部屋で一人で見ていたから、拍手をするなんて思いもしなかったけど、拍手していたらあの眠れない夜はなかったんだ(きっと)。


 映画は両方とも私の悪夢をかき立ててくれた。 子供の時の私の悪夢とどうしようもない感情、そして近年特に身にしみる孤独、両方とも「キッチュじゃないかー」と叫んで机をひっくり返したくなるほどにストレートな内容だった。 父、帰るコンフェッション度が高すぎてどうディールしていいのか分からなかった。 何故ここまで単純に「物語」なのか、どうしてそういう表現がとられたのか、それを理解しない事には冷静な事が言えないんだけど、そしてこんなに突き動かされた気持ちにさせる作品は果たしてそれゆえに良いのか悪いのかとかも考えなきゃいけないんだけど、まだいまいち分からない。 それが考えられるようになったら、自分で自分を誉めたくなると思うわ。

 私は何も知らないんだなという事だけを突きつけられるように知った経験になった映画だった。



それにしても  その1
 最近父と息子系の映画を数本立て続けに見た。 そしてその底辺にふつふつと流れる「自己犠牲の愛=至高」という価値観。 お父さん、捨て身。 それが理解できるまでには時間がかかりそうだ。 そして、あーあれだけメンションされてたのにどーしてあのときは聞く耳持たなかった、自分?!といつか後悔しそうだ。 いや、するかな…。 分からん。 小さい時から、大人になったらキリスト教文化の事を凄く理解できていようと思っていたのに、一向に大人になれない。 キリスト教文化だけのものなのか、本当に真実なのかすら分からない。 受け身でいたら一生分からないんだろうな。


それにしても  その2
 映画の公式サイトって、本当に嘘っぱちだ。 ひどい。 Talk to herとか公式サイトに書かれている「この映画のここが重要」って部分を、実際の映画で表現されていたところを発見できずに終わったんだけど、これは私の読解力のなさ故なの? もはや同じ話しとは思えないぐらいに差があった。 私には映画配給会社の人達の広告の打ち出し方が分からない! 「こういう広告を出せば売れる」っていうのがあるならば、そういう広告通りの映画を作って、みんなが「満腹です」ってまで上映しまくればいいんじゃないだろうかね。 ただひたすら、世界中の女が死に絶えて行く、そして男の一人の女への愛情深さを示しまくる感動超大作をさ。


トーク・トゥ・ハー スタンダード・エディション [DVD]

トーク・トゥ・ハー スタンダード・エディション [DVD]

父、帰る [DVD]

父、帰る [DVD]